人間は性分によって行動し行動のみが人間を裏打ちする

記事のタイトルは「ザ・ワールド・イズ・マイン」という漫画のセリフです。具体的には、大量殺人を繰り返すテロリスト2人組をあと一歩まで追い詰めながら1人を取り逃がし、人質も救うことができなかった現場指揮者の警部補に対し、対策本部の総指揮者である県警本部長が言った言葉。全文は以下になります(以下、引用)

反省と後悔は愚者の言い訳に過ぎずましてや償いでもない。
そこにいかなる価値を見出そうとするのか私には理解できない。
覚悟や信念などというものは人間である限り曖昧極まりない。
教えてもらいたいのは、反省、後悔した今
人質が肉親でも君は撃てるのか?
人間は性分で行動し行動のみが人間を裏打ちする。
私は肉親も撃つこれは性分だ

※ちなみにこのセリフを言った県警本部長は、「それでも君はよくやった」と警部補をねぎらい、直後の記者会見で持論を展開したのち、責任を取って拳銃自殺します。

つまり「口で何を言おうが心で何を決意しようが、人である以上そんなものはあてにならない。人間性を証明できるのは行動だけであり、その行動を決めるのは結局のところ、もって生まれた性分なのだ」ということです。

私は(「自分に自信がない」とは別の意味で)徹底して自分の人格を信用していないのですが、それはこの言葉に感銘をうけたことからきています。それと他者を外面の印象で判断しないことについても、関りがあるかもしれません。

関連して、「時間とムダの科学」という本に以下のような文があります(以下、引用)

人間が変わる方法は3つしかない。
1番目は時間配分を変える。
2番目は住む場所を変える。
3番目はつきあう人を変える。
この3つの要素でしか人間は変わらない。

最も無意味なのは「決意を新たにする」ことだ

これについては、言われてみればもっともな話なわけで。ダイエットしようでも勉強しようでもなんでも、達成しようと思ったら必要なのは具体的な行動です。意志だの決意だのというものをいくら心に決めたところで、行動が変わらなければ無意味。達成などかないません。逆に言えば、別に意志も決意もなかろうと、行動させ変えてやれば物事はうまくいくということでもあります。

私が思うに、人は「意志」だの「根性」だの「気力」だの「決意」だのといった、そういう不確かな心の力なんてものを、頼ったり信用したりしてはいけないのではないでしょうか。

世の有能な人やデキる人というのは、おそらくですが、そういう不確かな心の力などアテにしないのだと思います。そういう感情的なモチベーションを超越した、自分をマシンかのように客観視して物事を判断する、そういう達観した認識でもってことに当たっているのではないでしょうか。感情に支配された無能な私の想像ですが。

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